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東京高等裁判所 昭和53年(ラ)227号 決定 1978年5月19日

抗告人 田辺製薬株式会社

主文

原決定中鑑定人井形昭弘に関する部分を次のとおり変更する。

鑑定人井形昭弘に対する忌避申立は、原告津田艶恵を対象とする鑑定につき、抗告人との関係においては理由がある。

鑑定人井形昭弘に対するその余の忌避申立を棄却する。

本件その余の抗告を棄却する。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由は、別紙抗告状写記載のとおりである。

二  思うに、裁判所が数名の者を鑑定人に指定し共同鑑定を命じた場合においても、忌避理由の有無は、各鑑定人につき個別に論ずべきであり、全体としての鑑定人団に対してのみ忌避し得るにすぎないものと解することは相当でない。

そこで、以下各鑑定人ごとに忌避の事由があるかどうかにつき判断する。

1  鑑定人井形昭弘について

<証拠省略>によれば、同鑑定人は、本件鑑定の対象者の一人である原告津田艶恵につき本案訴訟提起後に<証拠省略>の診断書を作成していること、右診断書は本件鑑定事項そのものについての裁判外の私的鑑定ともいうべきものであることを認めることができる。

そうすると、本案訴訟の被告として、右原告津田からその服用に係るエマホルムの製造等につき責任を間われている抗告人が、同原告を対象とする鑑定につき、同鑑定人に対し不信感ないし疑惑を抱くことは理由がないわけではなく、したがつて、少なくとも抗告人との関係においては、右認定の事実は、同原告を対象とする鑑定につき誠実に鑑定をすることを妨げるべき事情に該当するものというべきである。

しかしながら、右原告津田を除くその余の原告らを対象とする鑑定につき、同鑑定人が誠実に鑑定をすることを妨げるべき事情を認めるに足りるほどの証拠はなく、そして、右原告津田を対象とする鑑定についても、同原告及び相被告国が何ら忌避の申立をせず、不信感ないし疑惑を表明していないことからしても、また本件の全資料に徴してみても、右当事者間の関係において同鑑定人につき誠実に鑑定をすることを妨げるべき事情があるとまで認定することは、困難である。

2  鑑定人大村一郎、同花籠良一について

同鑑定人らについては、本件の全資料を検討しても、誠実に鑑定をすることを妨げるべき事実を認めることはできない。

3  以上の理由により、鑑定人井形昭弘に対する忌避の申立は、原告津田艶恵を対象とする鑑定につき抗告人との関係においてのみ理由があるが、その余は忌避事由がないものとして棄却すべきであるから、原決定中同鑑定人に対する抗告人の忌避申立を棄却した部分は一部不当としてこれを変更することとし、原決定中のその余の部分、すなわち鑑定人大村一郎、同花籠良一に対する抗告人の忌避申立を棄却した部分は、その理由は不当であるが結論において相当であるから、該部分に関する本件抗告を棄却することとして、主文のとおり決定する。

(裁判官 岡松行雄 賀集唱 木村輝武)

抗告状

原告阪野ふじゑ外、被告抗告人外間の静岡地方裁判所昭和四八年(ワ)第一六五号、同第三〇三号、昭和五一年(ワ)第一四七号損害賠償請求事件について、昭和五三年三月一〇日同裁判所民事第一部は、同裁判所が昭和五二年一〇月六日選任した鑑定人井形昭弘、同大村一郎、同花籠良一に対する抗告人の鑑定人忌避の申立を却下する旨の決定をしたが、抗告人は不服であるから即時抗告をする。

原決定の表示

事件番号 昭和五三年(モ)第八六号

主文

本件忌避申立を却下する。

抗告の趣旨

一 原決定を取消す。

二 静岡地方裁判所昭和四八年(ワ)第一六五号、同第三〇三号、昭和五一年(ワ)第一四七号損害賠償請求事件において、同裁判所が昭和五二年一〇月六日選任した鑑定人井形昭弘、同大村一郎、同花籠良一に対する忌避の申立は、理由がある。

との決定を求める。

理由

一 抗告人の本件忌避申立の理由の要旨は、原決定別紙忌避申立理由書記載のとおりである。

二 原決定の本件却下理由は、「本件鑑定は鑑定人一四名の合議による共同鑑定であり、いわば一つの鑑定人団による鑑定であるから、仮に鑑定人団に属する一部の者について忌避理由があるとしてもその一部の者のみを忌避し、残りの者のみで鑑定することは、鑑定人団の同一性を害することになるので許されないものというべく、たゞ鑑定人団に属する一部の者に忌避事由があるため鑑定人団による鑑定そのものが誠実公平に行われない客観的事情が認められるに至る場合に限り、鑑定人一四名全員(鑑定人団)について忌避できるに過ぎない」というのである。

三 原決定によれば、「共同鑑定」とはあたかも一五名の鑑定人を構成員とする社団の如きものが存在し、鑑定人団は一体であり、個々の構成員に対する忌避申立は許さないという趣旨のようである。

しかし、これは極めて不当である。

(一) 仮りに鑑定人一五名を構成員とする鑑定人団に対して鑑定を命じたものであるとしても(実際はこのようなものが存在しないことは後述のとおりであるが)、その構成員中に「誠実に鑑定を為すことを妨ぐべき事情ある」鑑定人がいるときは、それらの者を鑑定人から除外すべきことは当然である(注)。

原決定は、「鑑定人一四名による共同鑑定が不誠実な鑑定であるとの疑惑を当事者に起させるに足る客観的事情が認められず」と述べるが全く首肯できない。

鑑定人らは共同して合議のうえ鑑定をなすべきこと原決定の認めるところであり、合議すべき鑑定人らに誠実に鑑定をなすことを妨ぐべき事情のある鑑定人が混在しておれば、鑑定人らによる合議の内容は、自ら甚しくゆがめられる怖れのあることは理の当然、多言を要しない。

一般に、合議体のうち一員に偏頗な者が存在する場合、その者は他の公正な構成員によつて抑圧されるとは考えられない。偏頗な者により結論が大きく左右されることのあることは公知の事実、経験則である。

百歩譲つても、本件につき、客観的にみて、当事者に公正な鑑定がなされることにつき疑惑を起すことは紛れもない事実である。

もし原決定の説示する如く、他の鑑定人により看破されることにより公正が担保されるのであれば、合議体の裁判官の一名に対する裁判官忌避申立は許されないことになる。裁判官は鑑定人とは比べることのできない程公正さに於て担保されているものであり、原決定の説示する理由によれば、合議体の裁判官の一名につき忌避理由があつても他の構成員たる裁判官により「看破」され、結局、公正が維持できる筈であるからである。しかるに、民事訴訟法はそのような態度をとつておらず、合議体の裁判官の一名に対する忌避を認めているのであるから、この点からみても明らかに原決定説旨は誠に不当であり、取り消しを免れない。

(注)

斎藤秀夫教授も「共同鑑定は共同で資料を蒐集し、調査・実験を共同で行つて結論を出すというプロセスを重視するだけのことであるから、鑑定人たりうる適格性の問題や、鑑定人に対する忌避事由の存否など人的特性の問題は、各鑑定人ごとに個別的に判定すべきものである」、と述べている(斎藤秀夫 編著 注解民事訴訟法(5)第一法規刊 一四八頁参照)。

(二) 原決定は本件鑑定は「一つの鑑定人団による鑑定である」とするが事実に反する。

なるほど原審昭和五二年一〇月六日付決定によれば鑑定人一五名による共同鑑定とする旨の記載がある。

しかし、共同鑑定とする旨の記載から、鑑定人団という個々の鑑定人の包括した社団のような存在を想定し、その社団に対し鑑定を命ずるとはどこにも記載はなく、「共同鑑定」は、むしろ、鑑定人につき多数の被鑑定人を分担して鑑定するのでなく、被鑑定人個々人について鑑定人全員で鑑定に当るべき旨を定めたものとみるのが文理上および鑑定の性質に照して相当である。

鑑定人団なる社団がかりに存在するのであればその定理および意思決定方法などが当事者に開示されることは当然であり、本件ではそのようなものは当事者たる抗告人には何ら開示されていない。

そして、もし鑑定人団が一部の者を除外して「残りの者のみで鑑定することは、鑑定人団の同一性を害することになるので許されない」ものであるとすれば、原審において、一五名の鑑定人の指定後一名を後に病気療養中を理由として取り消し決定したこともまた、同一性を害する筈であり、原審はこの際改めて一四名に対し鑑定を決定していないのであるから、原審裁判所の決定自体に矛盾が内在するのである。

実は原決定のいう鑑定人団の同一性を維持したいとする点は、既に行なわれている東京地裁、金沢地裁の鑑定と同一の鑑定人で鑑定をしたいという願望のあらわれであり、このことは独立の裁判所の鑑定としてまことに不当である。右解する以外に原決定が鑑定人団の同一性にこだわる理由は存在しない。同一性などという議論は本件であり得ないものであり、一度定めた鑑定人で不都合であれば構成員を変更するにつき何ら不都合はないのであり、実際に原審は一名の鑑定人選任を取り消しているのである。

四 抗告人は既に昭和五二年九月一四日付意見書により国の鑑定について反対している。

その内容については右意見書記載のとおりであり、この国申請の鑑定には様々な疑義がある。既になされた東京地裁、金沢地裁の鑑定には到底納得できないものである。

抗告人は、この鑑定につき少しでも偏頗な者を除外し、公正さを少しでも得るように求めて三名の鑑定人の忌避を申立てたものであり、原決定の説示する「他の一一名の鑑定人によつて看破され」るとは全く考えられないのである。

以上のとおりであり、適正な判断が下されることを希求するものである。

以上

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